夏の始まり、(2)


6/27(日曜)

カ-テンを開けると夜明けの朝。

明るくなった外の空気を確かめたくて、窓を開けると、

爽やかさと静寂さが在りました。


予報では日中、30℃近くまで上がるらしいです。

気温が上がる前、夜明けとともに走り出すつもりで、

前日のうちに荷物をスポルトにセットしておいたのですが、

起きてみるといつもと違う逸る自分に、

ちょっと待てと、ブレ-キを掛けたのでした。


気持ちがゆったりするまで、

自分自身のアイドリングが必要です。

いつものような心持になれるまで時を待ちます。


低く重量のあるこのMCには、

スッと気軽に跨って、サッと走り出したくないものがあります。

休日、サイドスタンドを払って立てたときの、

ズシッとした最初の手応えに、日常とは違う特別感を感じるのです。

ハンドルを握るまでのその時間も楽しんでいたかったり、、なのです。


いつもと変わらないで走っていけること。

走るまでの過ごし方、気持ちの整え方。

それはその日、一日が大事だからと思うのです。

慌てない、慌てない、です。


アイドリングを終え、

国道274を東に向かってひとり走り出しました。


かなやま湖のベンチの風景が脳裏に浮かびましたが、

近くを大事に走って行こう。そう決めました。

今日はシュ-パロ湖を目指します。


いつもなのですが1時間ほど走って、

一回目の休憩後また走り出すと、

不思議ですが明らかに身体の力が抜けていて、

その後はずっとスポルトが、自分の身体にフィットしたままになるのです。


久しぶりのスポルトのポジションに慣れるため、

道の上を歩いて、いったん身体をほぐします。


最初の休憩は、そんなフィット感を得られるのでとても大事です。



すこし離れた場所から、これから進む道の風景を一枚。

ひとの暮らしの中で道の上。








走って行きます。そして立ち止まります。

山の存在感に圧倒されてしまって。









国道452にスイッチしました。

まわりの空気に熱が帯びて来たのを感じました。


走っている間は風が気持ち良かったのですが、

道の上は風が漂う感じで、歩きながらタオルで汗を拭きつつです。


そうそう、この日差しと暑さは四季のうち、夏の日中だけのものです。

夕方になると、暑さは余韻となり穏やかな空気感だけを残します。


暑いのは日中のほんのひとときです。

北海道の早い秋が来たとき、

自分はこの暑さをいつも懐かしく思い出すのです。

今この時の暑さを記憶に残すように、味わうように。







シュ-パロ湖につづくこの道は、

毎年一度だけしか走りません。

でも毎年必ずこの道を走ります。

ルピナスが咲くころに。


道の風景を思い出しながら、記憶と照らし合わせながら、

今年も走っていきます。


特別な何かが有る訳ではありません。

いいのです。自分のための記憶です。








長いトンネルを抜けるとシュ-パロ湖です。

夏に見る風景は静寂とは違うものを感じます。

一面の緑、そこに生きるもの、風に、動を感じたりです。








今年もここに来ました。








この時期、ルピナスの群生が広がっています。

かつての此処に住んでいた人たちの名残でしょうか。


















走っては立ち止まり、

耳を傾けます。








何処からともなく瑞々しく流れる川の音が聴こえます。

探しましたが、その流れを見つけることは出来ませんでした。

野生の獣の匂いはなく、ただ緑の匂いだけが風に乗って肌に届いてきました。








来た道を振り返りながら、

ゆっくりゆっくり緑の中の道の上を歩いていきます。

もちろんこの暑さで、首に巻いたタオルで汗を拭きながら。

でもそれがとても気持ちよいのです。



























シュ-パロ湖を離れ、桂沢大橋まで来ました。








歩道が広く時折MCが走っていく、静かな空間でした。

橋の上を渡る風が気持ち良かったです。









ぼんやり湖を眺めながら、ここでお昼にすることにしました。


もう何年も使っている保冷バックには、

保冷剤とともに梅のおにぎりをふたつ持ってきてました。





ひとりで外で食べているひとときを、とても幸せに感じます。

時間をかけてゆっくりお米を味わいます。


風と、風景と、空と。

これ以上に贅沢な時間を自分は他に知りません。







来た道を戻っていきます。

緑豊かなこのワインディングも、いずれ新しいダムに沈みます。

夏のころ、ルピナスの咲くころ、

自分の記憶に残すことしか出来ませんが、

通り過ぎるだけではないもの、季節ごとの道の記憶があるかもです。







いよいよ夏が始まりました。

北海道の短い夏が。




コメント

  1. シューパロ湖に行ったのですね!てっきり金山湖かと思ったのですが(笑)
    こちらの道もバリエーションが在っていいですね。

    大夕張の道は仕事で走っていた時期が在ります。湖の下に沈むお寺さんの仕事でしたね。
    もう、お寺さんは下流の方へ移動しましたが、今思うに歴史在る建物でしたね~。
    地域の檀家さん達もお墓も納骨堂も長い歳月が刻まれていて、この地に生きていた記憶が
    すべて、水の下に消え去ってしまうなんて実感がわかなかった。

    今この地を訪れると他の学校も何校か水の下になってしまった。
    何とも言えない気分になりましたね。
    町と云うか村が消えるなんて、住んでいた人達の事を思えば悲しいね。

    人が消え、あらゆる記憶が止まってしまう。離農した農家の廃屋が山に打ち捨て
    られているのと同じ。確かに生活が在った筈なのに忘却してしまう。
    都市に住んでいる我々も、いつかはこの様に忘れられるのでしょうか?

    バイクで通り過ぎるだけなんだけど、そんな過去に思いを馳せると
    やるせない思いと、現実の美しく整備された風景との落差が凄すぎて
    飽和する感じです。悲しい程お天気って言葉か歌が在ったけど
    やるせない気分になるのです。

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    1. いちさん、こんばんは。
      今はまだ、夏が始まりをただ噛み締めるばかりです。
      かなやま湖のベンチも懐かしかったのですが、
      これからきっと、気持ちがそれを求めたとき、
      ひとりで座っているかもです。

      いちさんが仕事で関わった、町のひとたちと、その生活との関りは、
      変化した風景の中でも、残しておきたい大事な記憶ですね。
      時と共に、通り過ぎてしまった過去であっても。

      僕たちは、そんな風景を、
      記憶として、留めておくことしか出来ませんが、
      時々の想いは、きっと道の上に残っていく気がします。
      毎年、毎年、積み重ねながらですが、
      誰かが忘れても、ひとの想いは自分だけのものとして、
      残っていきますね。

      一枚の写真を見るとき、
      その人の人生の背景を想像したり、
      何を想い考え、何を感じているのかを知りたいと、
      そう思いながら見ていたりです。

      それぞれの想いが在るから、
      走ることも、写真にすることも、そして見ること、感じること、
      同じ風景でも、奥が深いですね。

      「悲しい程お天気」
      ユ-ミンさんの歌だったのですね。
      いちさんの記憶を想いながら、聴いてみました。
      詩が沁みました。

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  2. おばんです。
    この週末、札幌に出張しておりました。
    今回の出張は爽やかでとっても気持ちの良い北海道で
    梅雨の関東に戻りたくない天候でした。
    あの日にバイクに乗れたら最高に気持ち良かったでしょうね~。
    特に昼間の時間帯は関東の変わりない気温でしたが、
    それでも湿度が低く秋になる前にまた来たいなぁ。
    次の夏のはじまり続編、楽しみにしています。

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    1. KHOGさん、こんにちは。
      出張お疲れさまでした。今回はこちらの空の上だったのですね。
      北海道の夏は、バイクで走ると最高に気持ちいいです。
      KHOGさんがいつも居た、あの港の風景が懐かしいです。

      札幌も日中は気温が上がるようになり、
      その暑さに、思わず街の中から空を見上げると、
      雲ひとつ無い青い空が見えたりです。
      そんな空に、夏を感じたりしながらです。

      早朝の清々しさ、日中の暑さ、夕暮れ時の穏やかさ、
      夜のゆるやかな風だったり、時間ごとの空気感を、
      散歩するようにMCで走りながら、味わっていたくなります。

      遠くまで走り行くことは、あまりないかもですが、
      居心地よく、この夏も走って行けたらなと、思っています。

      返信を書いてる今、
      久々にゆったりと休息が取れて、良い感じになりました。
      明日は散歩するように、穏やかな夏の空気感を求めて、
      走っていたいと思っています。

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