大変なことになった。
もう、こんなにも近くまで。
それが実感です。
お世話になってる方の急な訃報。
入院した方。
退院したけれど肺は簡単に元に戻らないと言われた方。
その知らせが自分にも届くようになりました。
数字だけを伝える報道ではなく、生身の人柄も仕事ぶりも知る人のこと。
翻って自分達は、
この冬の除雪を、乗り切れるのか。
いや、その前に、誰ひとり欠けることなく、冬のスタ-トに立てるのか。
それまで必要なことを、自分も自覚しなくてはなりません。
接種券が手元に届き、8月初めに申し込みをしました。
最短が9月の中頃でした。それが一回目の接種となります。
我が家では、上の子だけが、大学で既に2回の接種を終えています。
こちら札幌では、64才以下の接種が、遅々として進まない現状があり、
また、今のワクチンで解決できるとも思ってはいませんが、
それでも接種することで、この冬だけでも皆が乗り越えられるのであれば、
来春は今よりも、、
そう思っています。
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今はまだ、走りだせないでいます。
走り出せば、新鮮な空気があるのを知っています。
そして、自分が走れるのは10月迄です。それも知っています。
それでも今はまだ、じっとしていたい。
今年はきっと、そんな年なのでしょう。
自分にとって、MCとは、、
誰にでも、初めての一台目がありますね。
そんな昔のこと、すっかり忘れていました。
高校卒業後、すぐに原付免許を取得し、
最初に買ったのが、キャストホイルを履いた黒の、このスズキでした。
当時の写真が無く、ネットを探してみたら、当時のカタログがありました。
表紙を読むと、
自分が社会にでて感じてきたことと、似てる気がします。
当時学生だった自分には、まったく理解できませんでした。
そして記憶にも在りませんでしたが、あらためて表紙を読んでみると、
自分が18のときには既に、そんな風に伝えられる人が居たんだと思ったりです。
やっと今になって、それを書いたRIDERの気持ちが、分かる気がします。
振り返るのは、まだまだ先のこと。
そう思っていましたが、
何となく、今までのMCとクルマのことを、
思い出してみたくなりました。
RG50は、主に通学とアルバイト用でした。
初めての長距離は積丹でした。なんとなく独りで走って行きました。
今とは違うトンネルの連続に、とても怖かった記憶があります。でも、自転車と違い、ペダルを漕がなくても前へ進むことに、
自由と冒険を感じ、そして何処へでも行ける。そんな気がしてました。
MCは8台。
気まぐれに、少しずつ更新して行こうと思います。

正解のない問いはいつも、私たちの前にありますが、
返信削除自分にとってMCとは…という問いも、答えよりも、問い続けることに意味のある問かもしれません。
RG50E。いいカタログですね。写真も文章も。あの頃はバイクのカタログや広告の文章が長かったように思います。物語を背負って登場するのがバイクだった時代なのかもしれません。
でも、いい写真ですね、小雨と霧。ウェア、ライダーの視線、ポーズ、そしてモーターサイクルが、とてもいい佇まいで、旅を感じさせてくれます。
昭和の終わりに、私も積丹を走りました。GPz400F-Ⅱでしたが、今とは全く違う道幅、表情の道でした。
selenさんの愛車、8代の履歴、読むのがとても楽しみです。
「気まぐれに、少しずつ」…ゆっくり、待ちたいと思います。
樹生さん、
返信削除今現在を、今起きている現実を、受け止めています。
自分の日常の行動に、これまでとは次元の違う責任も感じています。
特に身近な人たちに対して。仕事も雇用もその家族のことも。
その中で走り出すことは、正直いまは自分でも分かりません。
走ることは、自分の為だけの時間でありました。
無事に帰ることが大前提でありました。
きっとその時間が在って、今が在るのかもです。
自分にとってのMCを、振り返りながら、書きながら辿ってみて、
本質的なことを見つけてみたいとも、思いました。
独りでいること。今も道の上にいること。
きっと、今までになく迷っているからなのかも知れません。
いや、それはウソです。
本当はいつも、情けないくらいに、何が正解なのか分からなくて、
ずっと迷ってます。でもどんな時も、決めれるのはいつも自分だけですね。
初めての一台、そのカタログに込められた文章の意味が、
この年になって、今ようやく分かったような気がします。
このカタログの写真と文章、自分も好きです。
樹生さん、ありがとうございます。