懐かしさとともに、



普段は、一人静かに走っていたいので国道は進まず、
クルマの無い支線に乗り換えるのですが、
この日は、
クルマの流れに合わせて、ぼんやりと国道を進んでいました。

いくつか町を通り過ぎ、田んぼの風景を通り過ぎ、
その繰り返し。淡々と延々と。


ただ真っ直ぐ走っていると、
「以前はこんな走り方をしていたよなぁ」と、
ふと懐かしく思い出しました。

そんなことを考えながら走っていたら、
なんだか今、一人旅をしているような気持ちにもなりました。

立ち止まるような特別な風景がある訳でもなく、
ライディングをたのしむ要素もなく、
ましてや誰かとセッションする、そんな道ではないけれど、
MCに乗り始めた学生の頃、こんな走り方をしていた。
ような?気がします。(記憶なので曖昧です)
何故かあの頃とシンクロしながらのこの日のRIDEでした。

時間の自由と気ままにゆとりある走り方は、社会に出てから変わりました。
休日もなく深夜に仕事を終え帰宅してから、ただ一人の時間だけを。

漆黒の高速道路を札幌から旭川まで叫ぶように走って、
着替えてまた出勤してみたり、年に3回だけあった連休に深呼吸してみたり。

そんな時代も今は昔、でもそんな走り方が長かったので、
豊かで充実した走り方は憧れでもありました。

いまは少しだけ、やっとかもです。

間もなく還暦になりますが、セパハンでいつまでも走っていたいと思っています。
前だけを見てクラウチングスタイルのまま進むばかりではなく、
ときには振り返りながら、そんな年齢になりました。





さて、遠い日を思い出しながら走っていました。
旅と呼べるような走り方ではなく、どちらかと言うと長期ツーリング。
そんな走り方でした。

何気ない道を淡々と走り、何気ない場所で立ち止まる。
一人で走ることを居心地良く感じるのは、いまも変わらずです。



リュックサックに今も使っているキャノンF-1を背負って走っていました。
今はその土地で暮らす人を撮るなんてことはできませんし、
人にレンズを向けることなんて、きっともう有りません。

MCで走っていると、人や風景との距離が近い気がします。
なんと言えば良いのか、、
クルマでドライブしていたら、きっと撮らない写真?




以前から走る距離は少なめです。
たとえ長期のツーリングだったとしても、
せいぜい1日/300kmをちょっと超えた位だった気がします。

自分に無理せず行けるところまで。(個人差大いに有りですが、自分の場合はです)

一日使って心地よいと思える距離って自分の中にあります。
ちょっと物足りないかな?くらいがちょうど良く感じてます。
完全燃焼するような走り方はしたくない気がします。
だからまた走りだせる。走り続ける為に自分にとってはそんな感じです。




初めて原付の免許を取得したときから、
ずっと一人で走ってきました。

ライディングするたのしさも、多少はありましたが、
それよりもこんな風に自由に道の上を淡々と走っていくことの方が、
いつの間にか自分らしいMCライフになっていたかもです。




たまには旅するようにこんな時間を。
何処かに行かなくても、たとえ近くでもそんな時間を見つけられたりです。




くーたさんから以前コメントで頂いた忘れられない言葉、

>バイクに出会えて良かった。走ることを知っていて良かった。

年齢を重ねていま、その言葉の深さを噛み締めています。




空の下でお昼にしました。
おにぎりに、
あの頃とはすこし違う今を味わっていました。

向こうから、穂を揺らす風が身体に届いてきて、
それがなんだか気持ち良かったです。
ゆったり、ゆったり。




帰路は通り雨に会いましたが、
ご褒美もありました。

何もかもを受け入れながらこれからも道の上を走っていたい。
そんなことを考えていました。





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