目が覚めたのは深夜3時でした。
この日は晴れ予報。
それを見ても、早い時間から走りだそうとは思わなくて、
前日の余韻のまま、なんだかとてもゆったりした気持ちでいました。
きっと走りたくなるなるんだろうなぁ、
そう自分のことを予測しつつ、
本当に走りたくなるまで待っていたいとも思っていました。
忙しさとは違う厳しい日々が続く中で一時走るのと、
穏やかな日々の中とでは、
走ることがまるで違うものに感じます。
振り返るとMCライフの殆どが前者の方だった気がしてます。
そんな中でたまに走るMCの時間は特別なものであり、
さっと跨り走る気軽な存在には思えませんでした。
慌てず急がず、それまでの事を中で消化したのを確認して、
気持ちの構えが出来てやっと跨れて、少しの畏敬をMCに持ちながら走り出せたり。
以前にも書きましたがMCは確かにたのしいです。でもMCはそれだけではなく、
趣味と呼ぶのとはまた少し違う存在、そんなことをずっと思ってきました。
あくまで自分に限ってのことですが、
多くの中では極めて少数の接し方なんだろうとも思っています。
もっと気軽に走ればいいじゃないか。
この日は久しぶりにそう思えていました。
前日にとてもゆったりしていたからなんだと思います。
国道と並走する支線から、275を流れる車列を眺めていました。
風が無く、空気にもまだ冷たい秋の透明さはありませんでした。
気持ちは長閑なままにありました。
一本逸れただけなのに、道の風景はとても違います。
ひとの暮らしに近い道だから通りすがりの自分は、
その時間を壊さないようゆるゆると走って行きます。
そしてそれをたのしく思っていたり。
クルマのテールを見ながら走るではなく、
ひとりで走る居心地の良さを感じていました。
気を使わない心地よさかもです。
何かに急かされることなく走れること、
枝分かれする道を都度都度決めながら探検するように走ること。
支線の中でそれをたのしんでいました。
SSだからと言って、速く駆け抜けなくてもよいのです。
どんな道でも満たしてくれるこのツインの個性も多分にあります。
エンジンが乗り手を急かさない。乗り手の気持ちのままに従ってくれます。
ときには空を飛ぶように道の上を走ったり、ときには支線の中に溶け込むように走ったり。
立ち止まった風景にはとくに何かが有った訳ではありません。
人によっては移動する為だけの道に見えるかも知れません。
それでも、自分の走った道のりとして撮ってみたくなったりです。
そしてこの日は、
前日プレゼントで貰ったキャップを被りながら、
道の上を歩くのがとてもうれしかった。
走ることは自分の為だけだったけれど、
こうして走れるのは家族が理解してくれているのもあります。
いま身に付けている黒革や、グロ-ブもブーツ、そしてキャップに、
その気持ちを思うと、ぜったい無事に帰らなくちゃと思うのです。
これだけは家族の気持ちを裏切ってはいけないと思うのです。
そんな走り方です。
帰宅するといつも同じことを、子供たちが聞いてきます。
「今日はたのしかった?」「てんきはどうだった?」
>「たのしかったよ。走れてよかった。やっぱり気持ち良いね。」
>「今日はずっと晴れてて、最高の日だったよ」
それまでの2台からスポルトに乗り替えたのは49歳のときでした。
いまの仕事を始めた一年後のことでした。
求めたは、すこしの時間だけ強烈な非日常の刺激と個性が欲しかったからです。
この仕事に掛けたかった。スポルトはそのとき自分に必要なMCでした。
仕事とMC、50代を走ってきました。
このMCと出会えてバランスしていたような気がします。
そしてこれからは60代のMCライフ。
それがどんなものになるのか、まだまだ走ってそれを確かめなくちゃ。
このスポルトだけがそれを知っている。
コメント
コメントを投稿