写真を毎日撮っていた頃と、たまにしか撮らなくなった時、
ブランクの分だけ感性や、切り取る目が中々戻らず、
その目がもう戻らない。そんなふうに思えてさびしくなったりです。
走ることも同じかもです。
週末毎に走るなかで自然と研ぎ澄まされるあの感覚?センサー?は、
ブランクでリセットされる気がします。
ひさしぶりでも今までと同じように走れる、身体が覚えている。
そう錯覚しまいがちですが、現像を終えた写真を見て、
本当はきっと写真と同じように、走りもまだ戻っていないと思っていたりです。
勘違いしないようにしなくちゃ。そんな60才です。
2か月振りなのでそれを自覚し、心がけたのはひとつひとつを確かめるように。
この日は何年も何年も、繰り返し走って来た道。
いつもの道で自分の状態を確かめながら。
よくも飽きずに海沿いばかり走っているとも思います。
毎週走ってMCに慣れていたなら、もっと外へ外へと望むかもですが、
ブランクがあり、色々と弱ったなかでは、
慣れ親しんだ海沿いのこの緩さが心地よくてです。
勝手知る道だからこそ、立ち止まる場所を少し変えるだけで新鮮です。
心の中でそれを遊ぶように楽しんでいたりでした。
この道、やっぱりいいかも。
日常のアクセントにちゃんとなっています。
ただ走っているだけなのに。
見下ろして海の広さを眺めるのも好きですが、近くに感じる海も好きです。
信号で殆ど途切れることなく最北端までつづくただ一本の道です。
目くるめくように変化していくこの道は、
まるでボヘミアンラプソディーを聴くようだったり。
何も目指さず、ただゆるく。
懐かしさを少し含みながら、いまを走ってる。
同じ道ばかりを好んで走るRIDERが、自分の他にもし居たなら、
分かってくれる感覚かもと思ってみたり。
自分のペースで、いまの自分が行けるところまで、
最北端を目指して、でも本当は目指してなくて。
そんな道の過程がなによりも好きな時間かもです。
こんにちは。初めまして。
返信削除樹生和人さんのblogで存じ上げるようになってから、拝見させていただいています。
今回の投稿で、
”同じ道ばかりを好んで走るRIDER"
私もまさにそれです。
selenさんの”海沿い”という表現を、”京北〜美山の山中”に変えれば、まさに普段の私。
あまりに”分かる”投稿だったので、思わずコメントしてしましました。
これからも楽しみに拝見させて頂きます。
HiroshiMutoさん、こんばんは。
削除わたしも樹生さんのリンクを通して、
記事をいつも拝見させて頂いております。
ちょうど良い距離感で、身近のお気に入りにアクセス出来ると、
往路、復路の移動ストレスもありませんから、
自分に無理しないでいられる道なのかもですね。
初めて走った時から、年齢も季節も随分と重ねてしまいましたが、
きっとこの道が何故か居心地良いから。
いや、お互い重ねて来た分居心地が良くなったのかもですね。
初コメありがとうございました。
HiroshiMutoさん、これからも宜しくお願いいたします。