道の上へ、(2)


いまの関係性は、少々例えに無理あるかもですが、
仕事とMC、サウナと水風呂に似ているかも。

限界まで頑張ったあとに、水風呂に入った瞬間の気持ち良さみたいな。
たとえ両極端であっても、どちらか欠けるとうまくいきません。
その時の解放感は、ふたつで一つの時間みたいな。

とは、言ってもサウナはあまり入ったことがないので、
イメージです。


そんなサウナな?日々を、有難く思っています笑。

仕事がまだ過渡期だったころ、
八方塞がりになって、もう駄目かもと気持ちが折れかかったころ。

E/Gを切ったあとに訪れる静寂は、いつもその時々があったりです。
そして、なんだかいつもと同じ道を走っていたりです。


海沿いを流しながら、ふと思い浮かんだのが先ほどのことでした。
もしあのときいろいろ諦めていたら、いまも走ってなかったかもです。
そう思うと、こうして走っていられること有難く感じてました。

山あり谷あり。分かっちゃいるけど長いトンネルも、
過ぎてみたら、どうにか成っていたり。
なんだか不思議。


自分の頭のなかのスペースが他の何かに奪われるのが、
勿体ないと思えるようになり、そうしていたら、
大事にしていたことが、やっと見えてきた気もしてます。
この年まで随分と長く掛かりましたが、62才を迎えるこの年、初めてそう思えました。

自分が大事にしていることなんて、ひとから見ればどうでも良いことかも知れません。
同時に誰かが大事にしていることなんて、本質的にはきっと分からないかもです。

先ずは自分がいやな思いをしないように、頭の中のスペースは、
雑で雑多な何かによりも、自分の生き心地の方に多くを空けておきたい。
気持ちがラクになれた一つのような、気がしてます。


耳を澄ませ、ただ聴き、風に吹かれ、
何を思い、考えるのか。
心地よい時間(人生)なんて、つくづく自分次第なのかもですね。


さて、この日走ってみてどうだった?
走馬灯のようだったり、自分の変化に気付いたり、思い返したり、
そんな風に走っていました。

皆さんにとって今走ってる道は、どんな風に映っていますか。

コメント

  1. 戦国武将たちが茶や、笛、碁などを嗜んだのは、一つのことだけに意識がずっと集中しているとよくない、ということと、他の道での他のやり方、あり方を学ぶことで、メインの戦術や治国の判断に幅と深みを持たせ、常に不確定要素の付きまとう戦国の世で、狭い道での経験則だけで思い込みの決断をしないように、また、趣味の道の師匠に対して「弟子」というポジションであることで、自身のあり方をただのトップとして固定化してしまわないように、との意味があったと、どこかで読んだことがあります。
    「SIDE RIVER」……、人生にもう一つの流れを持つべきだということは、古今東西を問わずに言えることなのかもしれません。
    それにしても、この日も走られましたね。
    1枚目と5枚目がわからない…
    2枚目は道道527、望来への峠の風車。秋を告げるススキと黄色い花…しかし、この切り取り方はselenさんでないとできないですね。
    3枚目はR231の…どこだろう?厚田の北、けっこう高い所だと思うのですが…。ここで橋から見下ろす海や崖ではなく、道を写すところが、やはりselenさんだ……、と思いました。
    4枚目は送毛山道ですね。毘砂別を見下ろすカーブは、私も好きです。
    1枚目は道道11号の道に、5枚目はR451に見えますが…、わからない。
    でも、石狩の山中の森の道以外では感じられない空気感が漂っているような気がします。
    私も今日(8月25日)、少し走ってきました。
    路上に在ることのしあわせを感じた数時間でした。

    返信削除
  2. 樹生さん、コメント有難うございます。
    戦国の時代を生き抜いた武将たちには、現在の生き方にも通じるものが在りますね。
    ひとたび戦となれば命がけで戦う、常に緊張感と隣り合わせの日々のなか、
    趣味を楽しむ時間は、数少ない心安らぐひとときだったのかも知れません。
    また、自分のあり方を固定化してしまわないために、との意味に、とても共感します。
    論語の家康なりの解釈に「及ばざるは過ぎたるより勝れり」とありました。
    少し出来るようになると人は驕り、油断してしまうものですが、謙虚に学び続けた家康の遺訓だった気がします。
    僕たちは走ることを通して、通じるものを学べて来た気がします。
    戦国武将たちの生き方、しっかり心に留めておきたいものですね。
    お互い走りつづけて、いつの間にかSIDE RIVER。本当にいつの間にか、な気がしてます。
    拙い写真ではありましたが、コメント頂けてうれしかったです。
    何処へ行ったの、何処で撮ったの、と言われるといつも困ってしまうのですが笑、
    どの写真も、樹生さんがよく知ってる道の風景です。
    僕たちが大事にしていることは、きっと道の上にいること。そんな気がしてます。

    私は走れませんでしたが、樹生さんの今日、
    >路上に在ることのしあわせを感じた数時間でした。
    レポ、心待ちにしています。

    返信削除

コメントを投稿